浅井古墳群


江戸期の尾張名所図絵には「小塞神社、人麿塚、寿福寺」として
松林と点在する塚が描かれている。

宝永8年(1711)の天野信景「塩尻」にも記述がある。

古塚を引きならしなんとすると大きな石棺を掘出しける
内には剣の折れたるごとき鉄の古き銅のかたまいける物
鈴に似たるものあり磁物破れたるも少ありける。


昭和8年(1933)県道新設で河田町で石室1基発掘

組合せ式家形石棺を出土
玉類、馬具類を検出。
石室内には須恵器、土師器、金銅製雲珠(うず)を出土。


一宮市は昭和33年から35年に8基発掘調査。

北古墳群は約50基の古墳より成る。
福寿寺付近の、東西400m、南北200mの地域には34基がある。

戦時中の開墾、戦後の開発により現存は10基ほどが現存する。

小塞古墳
前方後円墳
全長32m、後円径14.5m、高さ2.5m、前方巾17.4m

20号、21号墳
同程度の前方後円墳

その他は6世紀ころの円墳

毛無塚(10号墳)
円径38m、高さ3.5m、周溝、葺石、埴輪を備える。
その他は円径10~20m、高さ2m未満の小円墳

これらは山石、河原石による横穴式石室であり
逐次埋葬を前提とした家族墓といはれる。

(以上は一宮市史より)

桃塚



小塞神社と石刀神社を訪れ、この付近を散策してみたが

宅地の間の塚は地理に疎いので見つけることは出来ませんでした。

しかし、小塞神社の森の広大さには驚く。古くからの人の営みと歴史をここに感じ取れた。




2000.5.27
by Kon