1999年2月28日「愛知県稲沢市 尾張大国霊神社 儺追神事」

written by まつきち

 


10日ほど前、まつきちHPにアクセスしてきていただいたkonさんを訪ねて、愛知県は稲沢市の国府宮 尾張大国霊神社 儺追神事(俗に国府宮はだか祭り)に旅立ったのは平成11年2月28日(日)でありました。

konさんの事務所で着替えやら休憩やらのお世話になりたいと厚かましくお願いしたところ、心よく承諾していただけました。

単にいつもならば有料の着替え場所(1回目は、なおい食堂2F 8,000円 0587−32−0725 2回目は、サテライトフォト国府宮2F 5,000円 0587−23−5565)でお世話になるのですが、それが無料になったというようなケチな考えではなくて、やはりまつきちのひとつのテーマである祭りを通じての地元の人との交流が一番と考えてのことなのでありました。

今年は3度目の正直、北海道のturbo氏から国府宮の投稿文をもらったときから(turbo氏は神男に触れた経験をお持ちであったので)今年こそは何かチャンスがくるかもしれないとひそかに期待に胸をふくらませての参加でありました。

9:20 宇都宮発 やまびこ32号にて 東京 10:12着。
10:21 東京発 ひかり221号にて 名古屋 12:15着。
名鉄新名古屋駅 12:30頃発 国府宮 12:45頃着。

13時すぎであったでしょうか。
konさんの事務所は名鉄国府宮駅の南側踏み切りを横切る大通りに面したビルの2Fにあり、裸男になるには最高の立地条件でもありました。最初、konさんには「名鉄で1駅、2駅先に貴殿の事務所があるならば褌姿で電車に乗るのも一興」と戯れてはみたもののやはり地元のなおい笹を担ぐ裸衆たちにすぐ目の前で合流できるのがなんともうれしい限り。

konさんとその友人のN氏の歓迎を受け、おいしいお酒を振る舞われました。つまみにkonさんからにぎり鮨がすすめられ、これを口に運ぶ。

konさんの事務所内は所狭しとパソコンが何台も置かれていて、お仕事柄パソコンは必需品のようでした。

奥の部屋にはゴザが敷かれ、いつでも着替えができるよう、ご準備をしていただいておりました。
はだか祭りが初めてというN氏はこの日、我らの専属カメラマンを買って出て頂いて、後日、沢山の写真を送って頂きました。

国府宮裸まつりの写真・・・写真の多くはN氏が撮影されたものです。ありがとうございました。

北海道からご参加のturbo氏はすでに昨日から名古屋に逗留されており、今朝早くから稲沢市に入っておられたようでした。



大通りには、裸男たちが「わっしょい、わっしょい」と掛け声をかけながら、神社の拝殿へ奉納するなおい笹を担いで行く姿でむせかえるところとなり、まつきちはその男たちの幾人かを激写したのち、konさんの事務所に戻って15時すぎには着替えを済ませ、(褌一本に白足袋を履き、儺追神事と書いた手拭いを頭に巻いて)裸男に変身するのでありました。

写真はN氏、アニメーションソフトは六さんから頂きました。


祭り用品一式は神社周辺のあちこちで購入することができますので、turbo氏のように現地調達も可能でありましょう。

いよいよである。

神男はたぶん、16時頃かなとはturbo氏……15時30分、大通りを埋め尽くす裸の群れに混じって一路、参道南端にある木製の鳥居をくぐり、中程の太鼓橋を渡って、幅広い参道中央広場へと移動していきました。




まつきちとturbo氏 (六さんが撮影してくれたものです。)

参道の両端には観客でびっしり埋まっている。今日は折しも日曜日、毎年旧暦正月13日に執り行われるこの祭りは今年については偶々休日と重なってすごい人出でありました。

裸男たちによってなおい笹が次から次へと勢いよく拝殿のなかに納められていきます。
そして、拝殿の中の大鏡餅を前に、手を合わせ拝んですぐに楼門を出て、参道広場の隅っこに陣取り、まつきちとturbo氏は神男の登場をいまかいまかと待っておりました。

突然、水汲み場から手桶隊が現れました。

いよいよだな。

手桶隊が放つ水しぶきに身を震わせながらやがて人の波が渦と化するのをじっと待つ。渦の中心にこそ神男が潜んでいるからだ。水汲み場近くで渦が出来た。手桶隊がなお一層強烈に水をぶっかける。鼻の中に、耳の奥に、目の前にもやって来る……まるで鉄砲水のように横なぐりの水の勢いに、もはや冷たいという感覚は通り越して、痛いというか、前が見えなくなるのが苦痛でありました。

Turbo氏の背中を盾に暫く渦に身を任せていると真ん中で指さす人がいます。「神男はここだぞ、いやダミー(影武者)だぞ。」なにか訳のわからぬ陽動作戦のようだな。
えーい、ままよと手を伸ばし、そこに2分刈り頭があったのでこれぞ神男とばかりに頭をなでた。頭はすぐに渦の中に消えていった。運よくまつきちはこの頭の主の背中にまわり込むことができた。ちょうどラグビーのタックルのように……そして右手を思いっきり伸ばすとなんとそこに股間のぶらさがりがあるではないか。幼児のそれに似て(大きさは当然違うが)かわいく縮こまっていて、とても暖かい。まわりに毛もなにもないつるんつるんなのはまさしくこれぞ神男に違いない。頭はごわごわなのに身体を触った感触はすべすべって感じでありました。仮にダミーであったとしても神男と思って触れたのだからこれもご利益なのだとばかり勝手に割り切って暫くこの態勢のままでおりました。5〜6分間だったかな。しかし、まつきちはこの時間が10分間にも15分間にも感じられるのでありました。神男の大事な箇所を我が手のひらでやさしく包み、人の肌と肌に挟み込まれて身動きすらできぬまま、前後左右に夢遊の世界をさまよいうごめく。

左の画像、真中の頭(神男の村松氏)・・・スキンペッドの男の胸のところにいます。(その右側がまつきちです。)
(Turbo氏提供のビデオより)

あ〜あなんという心地よさ……その間もなおも容赦なく激しい水が身を震わせる。
倒されまいと左手で隣りの男のまわしを握った。たぶん、神男を守る鉄鉾(てっしょう)(神男OB)会の一人のものであろう。
渦の中でひときわもみくちゃになり、二度ほど足をすくわれて群れの下敷きになるが、このまわしに助けられた。また、西大寺会陽で教わった腹を出すなの教訓が役に立ち、仰向けだけは回避しようと懸命に態勢を整えた。その時すでに、夢先案内人のturbo氏はどこへ行ったかわからない。

楼門まで移動したとき、その入口がかなり狭くなっているため危険を察知したまつきちはここで神男と別れる決心をしました。
別れが決めると早いもので渦から脱出する時間の早いこと、もはや再び渦へ戻ることはできなかったのであります。

もう思い残すことはない。神男の過ぎ去ったあとから楼門をくぐり、境内参道でもみくちゃにされながら
約100mほど先のなおい殿まで神男のあとを追う。

その間も神男の苦悩の航海はまだまだつづいていたのでありました。

なおい殿の入口ではホースの水が直接、頭から浴びせかけられ、その寒さと冷たさは人肌の暖かさを優に超えているではないか。
神男、頑張れよ……まわし姿の鉄鉾の一人が命綱を人に引かせて、両手で神男を引き揚げようと思いっきり前のめりになって渦の中心付近へと手をさしのべている。

村松氏がなおい殿に担ぎ込まれる瞬間(Turbo氏提供のビデオより)

一瞬、神男の頭が見えた。見事、なおい殿に引き揚げられたのは17時50分頃であったでしょうか。一斉に裸男たちがバンザーイ〜 バンザーイ〜を何度も何度も繰り返すうち、なおい殿の奥からまるで拍手の鳴り止まないカーテンコールに応えるかのごとく、神男が二人の鉄鉾の肩に支えられて、裸男たちや観衆に向かって一礼をしている。なにか朦朧とした顔がちらりと見えた。もう日もとっぷり暮れて、まつきちには神男の顔をはっきりと拝むことさえできなかった。

福を授けてくれた神男さん(一宮市在住の村松清さん、34歳)どうもありがとうございました。

興奮醒めやらぬまつきちは一人境内から参道を通り、もと来た道をkonさんの事務所へ戻って行った。先に戻っていたturbo氏、六さんが途中まで迎えに来てくれていました。

18:10位だったかな。事務所前ではkonさんが用意してくれたポリタンに入ったお湯を頭からかけてもらい、とても気持ちがよかった。
入口で真っ黒になった足袋を脱ぎ、事務所内でお酒を一杯頂いてから褌を解く。腹巻き部分は途中、少しほどけたので濁った土色に染まっていたが、下帯部分はturbo氏のおかげで固く縛ってあったのでなかなかはずせない。
やっとのことではずれて、皆さんと歓談に入る。Turbo氏も神男に触れたと言っておられた。まずは祝着。

今日はとても印象に残る一日でありました。

今夜も泊まって、明朝未明(午前3時頃)の夜儺追神事の行事を見物されるturbo氏を残して、六さんとまつきちはkonさん事務所を(18:40頃)失礼しました。

18:50頃、国府宮駅発の名鉄急行(19:05頃、新名古屋駅着。)に飛び乗り、名古屋駅で六さんと別れました。
19:18 名古屋駅発 ひかり124号 東京21:14着。
21:32 東京発 やまびこ151号(仙台行)宇都宮22:23着の新幹線で帰っていきました。

その間もずっとなま暖かい右手のひらの感触が消えずにそのまま残っておりました。