1998年2月9日「愛知県稲沢市尾張大国霊神社国府宮はだか祭り」

written by turbo

 


日本3大奇祭の一つといわれる「国府宮のはだか祭」は俗称で正式には「尾張大国御霊神社儺追神事(なおいしんじ)」といわれ千年以上もの歴史があります。
祭りの起こりは、神護景雲元年(764年)称徳天皇勅命で悪疫退散の祈祷として全国的に行われたのが始まりだそうです。
明治以前までは、正月13日に通行人や戸外にいる男たちを1名捕らえて儺追神事を行い、その後は追い返し行き倒れになった所に土餅を埋めて祭は終了となるのです。
現在のように儺追人が「神男」として志願者から1名選ばれるようになったのは定かではないのですが一般に明治後半から昭和にかけてといわれます。また、現在のように裸男がもみ合うようになったのもそのころといわれています。

私がこの祭に参加したきっかけは、私が中学生ぐらいの時、テレビ「ズームイン朝」の中継で、北海道では考えられない冬の寒い時期に褌姿の男が1万人集まり1名の神男をめがけて殺到するといったことが、私自身のカルチャーショックとして記憶から離れなくなり、いつかは実際に見たいという気持ちが就職してからも続き、実際に訪れたのは、21歳の時でした。
(昭和61年と記憶しています。)
しかし、飛び入りで参加するのはかなり勇気がいることで、ましてや参加しようにも服をどこへ預ければよいのかわからず途方に暮れていました。(事前に市役所に確認したのですが、参加は難しいといわれました。)
しかし、神社近くの居酒屋で「はだか男になれます」との張り紙を見て飛び込みで何とか参加できることができました。(現在は「サテライトフォト国府宮」という写真屋さんです。)

今年の神男は旧暦1月2日に、稲沢市内の新聞店に勤める丹羽さんが選ばれています。
選定後は神社で断髪の儀式の後、理髪店で完全な坊主頭になります。(神男は3日間のお籠もりの際、眉毛を残し全身の毛も剃らなければならないそうです。)
選ばれた神男は旧1月11日に儺追殿に参籠し、三日三晩精進し、禊(全裸)を行うほか、神男OBで組織される鉄鉾会から突入の際の身の守り方(相撲で言う前褌を取って前にかがみ込む格好)を教わり旧1月13日の裸男への突入に備えます。旧1月12日(2月8日)には、トラックで大鏡餅が運び込まれます。

今年は、飛行機が予約できず、東京経由で国府宮にたどり着きました。
今回は「ホテル和陽館 (0587-23-5565)」に宿泊、本番である旧1月13日(2月9日)に備えました。
当日は、前日から降り出した雪が積もり、路面も屋根も真っ白で、今年はかなり厳しい祭の予感がありましたが、昼には雪はほぼ消えました。
裸男は、午前11時ぐらいから集団で現れ始めますが、私の宿泊したホテルは午後1時頃、ホテルのマスターが褌姿になって「なおい笹」(本人や、参加できない老幼男女の氏名、年齢を書いて祈念した布きれを青竹笹に結びつけたもの)をホテルの参加者と一緒に担いで神社に奉納しましたが、奉納後は時間があるため一時ホテルに戻りました。祭に参加するには、まず風呂で身を清め、前垂れが越中褌状で余りは腹巻き状にし、儺追布をはちまき状に結び、白足袋を履けば準備OK、あと御神酒を飲んで儺追笹奉納に出発します。

ここの祭で変わった点は、参拝の終わった裸男に一般の人が集まり、裸男は自分のはちまきを引き裂き渡していることです。この布は儺追布といわれ、愛知県ではお守りとしているのです。
なお、旧13日朝から境内でも神男が祈祷した布が儺追布として100円で販売されており、何か不思議な習慣だと思いました。

4時頃に再度境内を訪れるとまさに1万人弱の裸男がひしめいています。そして徐々に境内には裸男がひしめき合いやがて手桶衆が裸男に容赦なく水をかけます。
そして午後4時30分頃神男が突入しますが、突入する場所が一切伏せられており、その瞬間を目撃する人はまれで、全裸で突入する説と、相撲の廻しを着けて突入し、その後全裸にされる説とがあります。
私は、突入直後に神男に触りに行きましたが、今年は神男を守る鉄鉾会の護衛が弱いため裸の群れはすぐにつぶれ中心部分は下敷きになり大変危険な状況になりました。私は運よく神男の尻を触り、さらに前も触ろうとしましたが、下敷きになってしまいそれどころではありませんでした。
(地元では、神男は全裸のため、男性自身を触って毛がないことを確認すると言われています。)
その後2度ほど挑戦しましたが、雪の降ったあとで風が強かったため寒さで断念し、ホテルへ戻って大浴場へと飛び込みました。
浴場で他の参加者と話しをしましたが、神男に触るのは連続で参加しないと難しいとの話しでした。(一説には影武者がいるとのことですが、坊主頭で全裸までなって影武者になる人がいるのかどうか。)

結局私は早々に群れから抜け出した訳ですが、神男は5時20分頃、儺追殿に突入した途端に、裸男も退散し、翌朝3時の夜の儺追神事で神男が境内を追われ、祭は終了となります。(寝過ごして見ることができませんでした。)
翌日は、神社で2月8日に運び込まれた大鏡餅が切られて参拝者に有料で配布されます。

最後にこの祭に参加する際の注意点を記しておきます。

参加に必要なものは、さらし1反、白足袋、なおい布(はちまきにするか、腕に巻き付ける)ですが、駅の横の大通りで売っています。
参加する際の衣類は、神社近くの写真屋(サテライトフォト国府宮 0587-23-5565)か先に記したホテル「和陽館」で受付けていますが有料です。(5,000円〜)
なお、近くまで車で来て、車に衣類を保管する人もいますが、車の置き場からは結構歩きますし、鍵を紛失するおそれもあります。
また、参加はするには怪我等のおそれがあるので団体で行った方が良いと思いますが、結果的には間違いなくはぐれてしまいます。もみ合いは結構危険なので体力に自信のない方は危険ですので、しっかりした心構えで参加しましょう。