楕円と測量計算


 
代数としての楕円
 

 楕円の代数定義は次の2次関数である。a = bで半径aの円になる。
x2/a2+y2/b2=1

 曲線の表示で便利なのは極座標表示。楕円は次のx 、y のセットで表現できる。
x=a×sin(φ)
y=b×cos(φ)

 これが楕円曲線であることは、最初の式に代入して、次の定理を適用して確認できる。
sin2(φ)+cos2(φ)=1


 曲線の極座標表示は便利で、長さを角度φの関数とすると色んな曲線が表現できる。
x=sin(2φ)×sin(φ)
y=sin(2φ)×cos(φ)
長さをsin(2φ)とすれば四葉のクローバーとなる。


 以上は曲線のパラメトリック表現で、パラメトリとして角度を採用 した訳だが、この場合の角度は物理的には経度、緯度といった意味ではない。円の場合はいいのだが、φ=45度で楕円の1/4点とは対応しない。測量計算には不向きな表現だ。

 地球表面と地球中心からの距離を r とし、緯度φで極座標表示すると次ぎの式となる。
x=r(φ)×sin(φ)
y=r(φ)×cos(φ)

 最初の式を満足しなければならないのでr (φ)が決まる。

r (φ)= a×b/(b2cos2(φ)+ a2sin2(φ))1/2


 
知恵としての楕円
 

 楕円を描くとき、どうしますか。CADでは、中心、長円端、短円端を指示すれば終りです。江戸時代、職人さんはどうしていたのだろう。

 半径500の円を描くときは、紐を二つに折って500のところで結ぶ。結んだ紐を中心の釘 に掛け、先の筆を力いっぱい回す。円が描ける。
 楕円の時は、中心の釘の両脇に釘を打ち、同じことをした。それで扁平な円が描ける 。楕円の定義そのものを、職人さんは経験で知っていたのだろう。
 石工の棟梁は自由に形を操らなければならない。長円を500として、短円を400にする には釘を300に打ち、紐を800で結ぶ。経験を整理して持っていたのだろう。 現場で使う金尺に、その組み合わせが目盛ってあった。と、想像するのだが。


熊本に、石匠館という石工の博物館がある。そこには金尺が展示されていた。 もう一度じっくり見てみたいと思っている。

 
楕円の幾何学
 

 2点からの距離の合計が一定な曲線を楕円と呼ぶ。

 長半径a,短半径b、楕円中心から焦点までの距離cとすると、

焦点から2点までの距離の和=2a
b = ( a2-c21/2

 この楕円のある点に接線を引く。職人さんはどうしたろうか。

 多分、棟梁は焦点との角度を測らせた。180からその角度を引き、半分 を両脇に割り振り、その点を結ばせた。と想像する。

 熊本に通潤橋というりっぱな石橋がある。江戸末期に完成している。現代 の石工の親方と見に行ったことがある。下から見上げたその石橋の下で、 僕等は息を呑んだ。一言「すごい」と石工は言った。あの石の勾配は、 知恵のないものには作れない。それが暗黙のうちに伝わってくる。 もう一度行きたいと思っている。

 楕円上のある点において、その点と焦点が作る角度の両側に、相等しい角度を作る直線が接線である。

 接線とは、「ある曲線の1点近傍において、その1点のみ共有する直線」である。

 幾何証明において、補助点、補助線をいかに引くかがポイントである。 楕円の焦点は、正にその補助点である。楕円上の1点から直線は何本でも 引ける。だが、接線と呼べるものは多くない。キッチリと作画を繰り返す と、その定理が浮かび上がってくる。職人の棟梁は、その原理を頭の中 にたたき込んでいた。他人には教えない。秘伝である。


上に作画した直線が、楕円とただ1点で接することを証明する。 ということは、「直線上の他のいかなる点も楕円上の点ではない」ことを 証明するればよい。
 証明
 補助線GFは点Pで楕円と交わりGPFは直線である。 なぜなら、交角が等しい。さらに、F’P+PF=GP+PF=2a
 接線の直線上の他の点に対して、同じように作画した GP’Fは、1直線とならない。なぜなら交角が等しくない。GP’Fの距離の合計はつねに2aより大である。したがって、この直線上の他のすべての点は楕円上の点ではない。
 
結論この直線は楕円上の点Pの接線である。


 
楕円の接線
 

 楕円の接線関数を調べてみる。

x2/a2+y2/b2=1

 この式を1回微分する。
2x/a2 + 2y/b2×dy/dx = 0
整理すると
dy/dx=-b2/a2 × x/y

 これが楕円の接線の勾配である。物理的意味は、接線と水平軸の角度 ω の タンジェントである。x , y を極座標で表現して整理する。

tan ω = -b2/a2 × cos(φ)/sin(φ)
すなわち
tan ω = -b2/a2 × 1/tan(φ)



 
測地緯度と三次元地球座標緯度
 

 地球は回転楕円体とモデル化される。x y の数学座標平面を子午線面 に立てたと考えればいい。南北の軸回りに楕円を回転させてできる 立体ということになる。地球を水平面スライスすると、どこでも円ではある訳だ。三次元地球座標では極北軸を z とするので、いままでの x をz に読みかえる必要はある。楕円の中心が地球の中心。三次元地球座標の原点と なる。

 2000年に、日本は回転楕円体モデルを100年続いたベッセルから GRS80に変更した。近年の衛星測量の成果と整合を図るためであった。 海水平面をモデル化した面をジオイドと呼ぶ。重力場の等ポテンシャル面 という物理的意味がある。このジオイド面に一番近い回転楕円体がGRS80ということである。
 水平ということは、このジオイド面の接線方向である。重力はこの面に 直角に働く。ところうが、地球全体としては回転楕円体であり、重力線は 延長すると座標原点には向かない。正確に地球中心に向くのは赤道面と 南北極点のみとなる。
 大地の上で行う測量は、重力に対して角度を計測する。測量機械は 重力方向に、すなわち鉛直方向にセットするように出来ている。三角点といわれる重要な基準点は、衛星測量で計測されているのでいいのだが、 局地測量はこの光学機械で行う。測量における緯度は測地緯度と呼ばれる。 回転楕円体面に直角方向の角度である。地図の緯度は測地緯度である。三次元地球座標を極座表示した場合の角度、緯度ではない。

(社)日本測量協会「GPS測量の基礎」1995p67より


 測地緯度 θ を用いた三次元地球座標の式を確認しておく。上図の 長さNを誘導する。



 接線と水平軸の角度 ω は直角三角形の内角の関係より
θ = 90°- ω
∠PQO= ω
である。

 角度 ω と φ の関係は以下であった。
tan ω = -b2/a2 × 1/tan(φ)

すなわち
1/tan θ = -b2/a2 × 1/tan(φ)

 △PQOに余弦の定理を適用する。

N / sin( 90°+ φ) = r / sin( 90°- θ)
すなわち
N / cos( φ) = r / cos( θ)

N = r× cos( φ) / cos( θ)

 計算式誘導方針。
  1. φの関数である r 式よりN を誘導する。
  2. φとθの関係式よりθで表現する。
  3. e2 = ( a2 - b2 )/ a2 で係数を統一する。


  4.  三次元地球座標の半径式。

    2 (φ)= a 2 ×(1 - e2 ) /(1 - e 2cos2(φ))


    N 2 = a 2 ×(1 - e2 ) /(1 - e 2cos2(φ)) × cos2( φ) / cos2( θ)


    sin2(φ)+cos2(φ)=1
     
    変形して

    cos2(φ)= 1 / ( 1 + tan 2(φ))
     
    φ とθ の関係を代入して

    cos2(φ)= 1 / ( 1 + tan 2(θ)/ ( 1 - e 2 ))

    これをN式に代入して整理すると

    N 2 (θ)= a 2 /(1 - e 2sin2(θ))


 
まとめ
 

 国土地理院のホームページには測地成果2000の資料が公開されています。新旧座標変換、BLXY変換のプログラムも公開されています。
 数値地図のコンバーターを作成するにあたり、自作プログラムの 中に変換式を組み込まなければなりませんでした。国土地理院の資料 を参考にプログラムいたしました。その際、座標の考え方と 計算式を確認する意味で追計算しました。100年に一度の大改訂 ですので考え方を点検しておくことが必要でした。

 私のような町の測量屋は公共座標網の中で仕事をしております。 三角点設置は業務の範囲の外であります。久しぶりに学生時代の 教科書を開いてみました。そもそも局地測量を中心とする 大学の教科書には参考にすべきページも多くありません。 「天文緯度と測地緯度」。あれ、そんなのあった?。これが実情 です。
 静かに開けた21世紀。しかし、静かに大転換が進行していた訳です。 学生時代の教科書の「経緯度測量」のページに、「この項は歴史的記述となったため取り扱い注意」と書き添えてページを閉じました。 感慨深い思いでした。

2003.10.26
by Kon