爾波(にわ)神社


愛知県一宮市丹羽町宮浦

旧地は大江川の東南、天神の地。
寛文六年(1666)荒地砂地を開墾して
現在地に遷座と伝える。

祭神は神八井耳命(かむやいみみのみこと)

古事記神武天皇の条
神八井耳命者、意富(おほ)臣、小子部連、坂合連、
火君、大分君、阿蘇君、筑紫三家連、雀部臣、雀部造、
小長谷造、都け直、伊奈国造、科野国造、道奥石城国造、
常道仲国造、長挟国造、伊勢舟木直、尾張丹羽臣、島田臣等祖
一説には
尾張丹羽臣は今の一宮市大和町一帯に勢力を張った豪族、島田臣は今の名古屋市天白区島田一帯に勢力を張った豪族。
丹羽氏は神八井耳命を祖とする多(おほ)臣が尾張の地で尾張丹羽臣となったのだろうか。

尾張神名帳集説之訂考によれば
丹羽とは忽出水(にはかみず)のいい也。字書には潦水をにわたずみと訓(よませ)たり。上古は、木曽の水夏季には折節(おりおり)溢て潦泉(にはたずみ)と成し、ゆえに丹羽村と号(なずく)。こは詞(ことば)の根(もと)也。転(めぐり)ては、船路に波穏にして平坦なる海面を爾波ともいえり。


西村大民氏”尾北の歴史”によれば
丹羽郡の地に、土着大豪族、邇波氏がおり、本宮山山麓一帯から平野部に勢力を伸ばしていた。縣主となり,やがて新たに入国した丹羽氏と婚姻関係を通じ融合した。


俚伝として爾波神社は丹羽郡の総社であったという。

(以上、尾張の式内社より)


2000.4.29
by Kon