中国旅行メモ
事前準備 出た所勝負の性格なのですが、今回は海外旅行。まずはパスポ−トの確認。 ガム旅行の時に作成のパスポ−トを探し出した。案の定、期限切れ。 必要書類は? 外務省のペ−ジで確認。 書類を揃えて申請、1日かかりました。1週間後に入手。 査証(ビザ)の取得 香港一ヶ月以内の滞在以外はビザが必要。東京の中国大使館以外は中国側からの招請状 (インビテーション)が必要なため、個人の申請は困難。団体なので旅行代理店にお任せ。 つぎにボストンバッグ。バックハッキングの背負子にまとめて網を被せる。そんな案も 考えたが、結局、義母が先日上海へいった時のトランクを借りた。毎朝、食事前にホテル でBaggage Downがあり、短時間になんでもかんでも放り込んで鍵をかけれる。 そして、部屋の前に出しておく。慌ただしい一時である。そのためトランクは必須であっ た。バス移動だとこれはバスのトランクル−ムに入ったまま。次のホテルでしか開けられ ないと思った方がいい。小物用にリック(10年愛用のDay Bag)を用意した。 次は電源。髭剃りは手動を用意。デジカメの充電式水素イオン乾電池をどうするか。 中国は基本的に220V。変圧器は4000円。電池1組でほぼ一日使い切る。2組み 持っていた。1組み980円。2組み買い増して変圧器は買わなかった。デジカメの電池 はモニタ−を見なければ結構長持ちする。4星以上のホテルのバスル−ムにはドライヤ− とセットで115Vコンセントがある。事前にFAXでホテルのコンセント形状をもらっ ておいた。蘇州市以外は100Vコンセントがありました。充電できました。 蘇州市 凱菜大酒店 **** 杭州市 世界貿易中心 **** 100V有り 紹興市 国際大酒店 **** 100V有り 上海市 新錦江大酒店 ***** 100V有り 次にデジカメの記録用スマ−トメディア。8M2枚、16Mを1枚持っていた。 60秒のビデオを撮るとすぐ満杯になる。今回はビデオを撮らないことにした。私の デジカメは80万画素の3モ−ド。中間モ−ドで取ってホ−ムペ−ジには編集して半分 に解像度を落として載せる。今回は低モ−ドで撮影し、新着中国画像の量で勝負するこ とにした。現地のオリジナル画像のゲットが今回の旅の命である。16Mのメディアを 2枚買い足した。9198円の投資。 ノ−トPC持参も考えたが、今回はホテルか街のネットカフェを利用し中国電脳事情 の実体験をすることにした。 中国電脳事情 中国の無線電話(携帯電話)の数が日本のそれを追い越した。2000年8月の報道。 上海旅行代理店の林さんの無線電話は遭難処理のため鳴り続けた1日があった。 中国ではビジネスでは無線電話は必須である。商店主のベルトには無線電話ホルダ− が必ず付いている。固定式電話は各家庭にある。無線電話を持つには若い人の給料2ヶ 月分の費用がかかる。それでも若い人はファッションで持つ。杭州のガイドのキョウさ んの話である。杭州鉄道駅で会った女学生がそうだった。上海のマクドナルドの前の 女性は片手にミルクシェ−キ−、片手に携帯で画面を見詰めている。これが流行の最先 端であろう。日本の起死回生の一縷の望み”KEITAI”。国際情勢はそれほど甘く ない。 4星以上のホテルを利用したが、どこもBusiness Centerはあった。 電話、Fax、PC、新聞、ビジネス雑誌と英語を話すスタッフが1〜3名。 蘇州市 凱菜大酒店では中国国内の電話とFAXを利用した。 紹興市 国際大酒店ではe-mailを日本に送った。日本からの返信も受けた。 ただし、半角ロ−マ字で書いた。中国語のFEPはあったが使ってみなかった。 1時間21元で使い放題。メイラ−はOutlook Express。 さてInternetExplolerでWWWにアクセス。エラ−表示。 設定がおかしいので明日セッティングしておくとのこと。PCは中国製であった。 杭州市 世界貿易中心でもe-maiを送信した。PCはIBM。料金30分15元。 翌朝メ−ルを受信してもらったがとにかく時間がかかった。10通程の受信に 15分かかってしまった。PCの問題ではなく回線の問題だと思った。 とてもWWWにはアクセスできる状態ではない。Webmailで画像を日本に 送るのはあきらめた。 上海市新錦江大酒店は5星。しかしスケジュ−ルで利用時間がとれなかった。 街の中にはネットカフェもあるそうだが、またの機会とした。 今、上海は急激に姿を変えようとしている。日本の租界”スマロ”を訊ねてみたかった。 もう数年のうちに面影もなくなるのではないだろうか。上海の地理は頭に入った。こん どは地下鉄に乗りたい。宿泊先は義父の宿舎。デスカウント航空券が手に入ったら飛ん でいこう。2時間なんだから。安い中国雑貨を買ってきてインタ−ネットオ−クション で小使い銭の穴埋めをするか。値切るには中国語の勉強が必要だが。どなたかスポンサ −になってくれませんか。上海博物館は近代の書画以外は撮影OKです。中国歴史と 日本歴史を勉強して取材に行きたい。オリジナル画像ですごい歴史サイトが構築できそ うだ。 円と元 空港に到着、専用バスに乗り込む。そこで添乗員の用意した元に、まず1万円を交換した。 ホテルのフロントにはレイトの表示ボ−ドがどこでもあった。1000円両替してみた。 この日は1元13円。 買い物では15倍で日本円にしてみる。20元は300円てとこ。それで高い安いを判断した。 街角で安いたばこを買ってみた。3.3元とか4.5元。決しておいしくはない。 3.3元は3元+3角。10角で1元である。 たばこのショ−ケ−スで指さし、金を渡すと、たばこをボイと放ってよこす。 失礼なとおもったが、中国ではそれが習慣だそうだ。 中国の紙幣には5円(古い漢字)とか書いてあるのは、なぜか分からない。 100元、50元、10元、5元、2元、1元、5角の紙幣がある。 1元、5角、1角のコインも使った。 1元=100分で1分の紙幣もあるそうだが使う機会はなかった。 今回、この時期に中国を歩けたことはよかったと思う。8年前義父は上海市宝山区の 合弁会社の7名の日本人スタッフの1員として上海に来た。1年間はガ−デンブリッジ 横のホテルに滞在した。そこから、ガ−デンブリッジ上流の橋の建設現場を毎日見下ろし ていた。長江の黄色い水を使って純白のガ−ゼを作るのにひと苦労していた。ここ10年 、日本は失われた10年という。その間、世界で何が進行していたか。上海の夜景を見な がらはっきり分かった。世界の資本は、あっさり東京から、ここに移動してしまったのだ ろう。もっとも、100年前はここがアジアの金融センタ−であったんだから無理もない。 SONYは日本のSONYではない。Canon、TOYOTA。もはや、みな同じで ある。世界市場で生き残らなければ淘汰されてしまう。資本は国境を越える宿命を持って いる。走り行くタクシ−の窓から慌てて浦東の森ビルにシャッタ−を切った。世界の中の 日本。このことを思考の基本にしようと思う。 2000.9.8 by Kon