須ケ口の秋


僕の住む町の名鉄国府宮駅から急行で名古屋へ向うと、

二駅目が須ケ口駅である。10分程で着く。

北口を出て、豊和工業の脇路を西に向う。

大きな工場の塀に沿って、ほぼ半周すると

新川沿いの町役場に出る。ここの新川町体育館が目的地。

工場の北もすっかり宅地化され、わずかに残る水田。

9月11日の集中豪雨と洪水には助かったようだ。

紅葉も、近くの方には掃除が大変。

落葉といっしょに椎の実。

新川町役場

道路を隔て民俗資料室がある。

今日は1時半から「美濃路まちづくり推進協議会」の会合。

私のホ−ムペ−ジのご縁で、会長の中村さん、役員の臼井さん

からご丁寧な資料と出席のご案内を頂いた。

建築士会を母体として発足したこの会も

3年目に入り、広く皆様の参加の方針となった。

私も、個人の資格で参加させて頂くことになりました。

一応の議事は無事終わり、フリ−ト−ク。

芸大四年の川中さんより下小田井の町並みの

図面が披露された。

下小田井の一軒一軒を写真に撮り

正面図が全部ドラフタ−製図されている。

これはすごい。

個人の思い入れは、何にも優る遺産を生む。

僕はそう思う。

 町の中央をゆるやかに新川が流れる。

これに因み、この町は新川町と呼ぶ。

江戸時代に庄内川に沿って新川が開さくされた。

毎年庄内川の氾濫に苦しんだ農民たちの運動が契機であった。

それよりもっと以前、ここは須(す)、干潟であったと思う。

須ケ口の地名はそんな歴史を刻んでいるのだろうか。

美濃路通りを本町とよぶが、ここで津島街道が分岐している。

今も名鉄津島線はここで本線と分岐する。

かって津島から舟で桑名に向かう「伊勢参り」の旅人で

この須ケ口もきっと賑わったのだろう。

駅のホ−ムで列車を待ちながら、そんな事をおもった。

また一度、ゆっくり散策をしてみたい。

4時半ころ、僕は帰りの列車に乗り込んだ。

2000.11.21

by Kon

e-mail nazca-e@geocities.co.jp URL http://nazca-e.hoops.ne.jp/kitaiti/

.

.