神明社



創建大永年中(1521〜27)、祭神 豊受比女命


神明社は街道からすこし奥まった処にある。

途中の辻には御地蔵さん。


 明治9年(1876)に埋め立てられたのだが、ここの河原に排水用の杁があった。 川は年が経つと底が高くなって行く。杁は慶長14年(1609)から250年程でその役目を終えた。 新川が開削された為である。この神明社はかっての排水路脇に鎮座していたのだろうか。
 西枇杷島祭は旧には6月10、11日の牛頭天王祭。近年は6月の第一土、日に行われる。
享和2年(1802)橋詰神社・六軒神社・松原神社に山車を飾ることからはじまった祭礼は、 文化2年(1805)に東六軒町の山車が加わり、明治4年(1871)には杁西町(二ツ杁神明社)の 山車ができ、現在のかたちとなった。市で財を成した町衆の夏の疫病除け行事の伝統が こうして始まった。

2000.6.10
by Kon